高松地方裁判所 平成7年(ワ)313号 判決 1996年9月26日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 別紙物件目録記載の土地建物につき、被告宝工業有限会社と被告濱中健一との間において別紙仮登記目録記載の内容で締結された賃貸借契約はこれを解除する。
二 前項の判決の確定を条件として、被告濱中健一は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物についてなされた別紙仮登記目録記載の条件付賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
第二 事案の概要
本件は、根抵当権者である原告が、根抵当権の目的たる物件の所有者及び同物件に短期賃借権の設定を受けたとして条件付賃借権設定仮登記を経由している賃借人に対し、民法三九五条但書に基づき右賃貸借契約の解除を求め、右判決の確定を条件として条件付賃借権設定仮登記の抹消登記手続を請求した事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実)
1 原告は、被告宝工業有限会社(以下「被告会社」という。)に対する債権を担保するため、同社の所有する別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件各不動産」という。)につき以下の内容の根抵当権設定契約をなし、平成五年六月三日、その旨の登記を経由した。
極度額 四〇〇〇万円
債権の範囲 商品売買取引、手形貸付取引
債務者 被告会社
根抵当権者 原告
2 原告と被告会社は、その後右根抵当権の極度額を一億四〇〇〇万円に増額し、平成六年一一月一六日にその旨の付記登記を経由した。
3 被告会社は被告濱中健一(以下「被告濱中」という。)との間で、平成六年一二月二五日に本件各不動産につき以下の内容の賃貸借契約を締結し(以下「本件賃貸借契約」という。)、平成七年六月二一日、同旨の条件付賃借権設定仮登記を経由した。
借賃 一月一平方メートル当り金一〇円
支払期 毎月末日
存続期間 満三年間
特約 譲渡、転貸ができる
権利者 被告濱中
条件 平成六年一二月二五日金銭消費貸借の債務不履行
4 本件建物及び訴外各土地については、債権者香川県信用保証協会の申立により平成七年一一月二八日付で不動産競売開始決定(高松地方裁判所平成七年(ケ)第一三二号)がなされている(以下「本件競売手続」という。)。
二 争点
本件賃貸借契約が原告に損害を与えるか。
被告は、本件各不動産の評価額と原告よりも上位の担保権者の被担保債権額からして、原告は本件競売手続により配当を受けることを期待しえない立場にあるのであり、この意味で本件賃貸借契約は原告に損害を与えるものではないと主張する。これに対し、原告は、右配当の可能性はあるとしたうえ、被告濱中は本件賃貸借契約に基づき本件各不動産を占有しておらず、将来にわたって占有使用する可能性もないのであって、賃貸借契約そのものが競売妨害のためになされた無効なもので、そうでないとしても競売価格の下落を計るためなされたものであることは明らかであるから、原告を害することは明白であると主張する。
第三 争点に対する判断
一 原告に対する配当可能性について
1 証拠(甲一ないし七、乙一ないし三)によれは本件各不動産を共同担保とする原告よりも先順位の根抵当権は三件あり、その順位、根抵当権者、根抵当権の極度額及び被担保債権残高は以下のとおりであることが認められる。
一位 四国貯蓄信用組合
根抵当権(極度額二五〇〇万円)
平成七年五月二五日の被担保債権元金残高 一八五六万円
二位 香川県信用保証協会
根抵当権(極度額二三〇〇万円)
平成七年一一月一五日の被担保債権元金残高 四六四七万五三七二円
三位 株式会社東専クレジット
根抵当権(極度額三〇〇万円)
平成七年一二月一三日の被担保債権元金残高 八〇一万一三二六円
2 証拠(乙五)によれば、本件競売手続において、本件各不動産を一括売却した場合の評価額は、五三六〇万円とされていることが認められるところ、原告の先順位担保権者の根抵当権の極度額は合計五一〇〇万円で、仮に先順位根抵当権者が極度額一杯まで被担保債権を有していたとしても、原告はなお配当に与かることができるのであり、まして本件では、先順位根抵当権者の被担保債権の元金残高は右1記載のような状況にあるのであるから、原告が本件競売手続による配当を受けうる立場にないことを前提とする被告の主張には理由がない。
二 そこで、原告による解除請求の可否につき判断する。
1 前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし九、乙四ないし七)によれば、被告濱中は本件賃貸借契約締結後、条件が成就しても本件各不動産を現実に占有せず、本件各不動産は条件成就前と同様に所有者である被告会社の経営者一族によって使用されていること、本件賃貸借契約の賃料は著しく低額であり、その賃料も現実には支払われておらず、被告会社に対する被告濱中の債権と相殺されていること、本件賃貸借契約には譲渡転貸自由という、正常な賃貸借には通常付けられることのない特約が付されていること、本件競売手続の評価人も、本件賃貸借契約は債権回収目的のもので競落人に対抗できないとの判断から、本件各不動産の評価に際して右賃貸借契約に基づく減価を一切行っていないことが認められる。
2 本件賃貸借契約がその設定時期及び存続期間の点からいって民法三九五条の定めるいわゆる短期賃貸借に一応該当することは当事者間に争いがないが、同条但書の解除請求は抵当権設定後の短期賃貸借が抵当権者に対抗しうるものとすればその内容によって抵当権者に損害を及ぼすこととなる場合に認められるものであるところ、本件賃貸借契約に基づく被告濱中の賃借権は、右1で認定した各事情に照らせば、外形のみで真の用益意思を欠き、債権回収目的で設定された濫用的な賃借権であるということができ、そうだとすると右賃借権は抵当権者に対抗することができないから、抵当権者はこのような賃貸借契約について民法三九五条但書に基づき解除請求をすることはできないといわざるをえない。
三 以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく原告の請求にはいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙) 仮登記目録
高松法務局大内出張所
登記の目的 条件付賃借権設定仮登記
受付年月日 平成七年六月二一日
受付番号 第二四八五号
原因 平成六年一二月二五日設定
(条件 平成六年一二月二五日金銭消費貸借の債務不履行)
権利者その他の事項
借賃 一月一平方メートル当り金一〇円
支払期 毎月末日
存続期間 満三年間
特約 譲渡、転貸ができる
権利者 濱中健一
物件目録
一 所在 大川郡大内町川東
地番 一二三九番一
地目 雑種地
地積 四九八m2
二 所在 大川郡大内町川東
地番 一二三九番二
地目 宅地
地積 三九九・〇〇m2
三 所在 大川郡大内町川東
地番 一二四〇番三
地目 宅地
地積 四六六・七〇m2
四 所在 大川郡大内町川東
地番 一二四〇番五
地目 宅地
地積 二九一・九七m2
五 所在 大川郡大内町川東
地番 一二四一番一
地目 宅地
地積 六四一・二三m2
六 所在 大川郡大内町川東
地番 一二四二番
地目 雑種地
地積 六〇九m2
七 所在 大川郡大内町川東一二四〇番地三
一二三九番地二
一二四〇番地五
一二四一番地一
一二四二番地
家屋番号 一二四〇番三
種類 工場
構造 鉄筋造スレート葺平屋建
床面積 二六〇・六八m2
(附属建物)
符号<1>
種類 工場
構造 軽量鉄骨造スレート葺平屋建
床面積 二四八・〇〇m2
符号<2>
種類 工場
構造 軽量鉄骨造スレート葺平屋建
床面積 一二三・九七m2
符号<3>
種類 工場
構造 木造鋼板葺平屋建
床面積 四五・四四m2
符号<4>
種類 事務所
構造 軽量鉄骨造スレート葺平屋建
床面積 一八・〇〇m2
符号<5>
種類 物置
構造 軽量鉄骨造鋼板葺平屋建
床面積 一九・八七m2
符号<6>
種類 工場
構造 鉄骨造スレート葺平屋建
床面積 一二・四〇m2
符号<7>
種類 物置
構造 軽量鉄骨造鋼板葺平屋建
床面積 一九・八七m2